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仕事と家庭のタスクに追われてイライラしたり心配事ばかりしていた私のストーリー1

Home comfortable Style Lab

こんばんは。

複雑な思考をシンプルにすることで
家庭内の90%の問題を解決する

Home comfortableナビゲーターの
加藤ようこです。

本日から

仕事と家庭のタスクに追われて
イライラしたり
心配事ばかりしていた私が

Home comfortable Style Labを
主宰するまでの
お話をご紹介していきますね。

私は
兄、父母、父方の祖父母の
6人家族の末っ子長女として
生まれ育ちました。

女性は仕事をしていても
家事育児をしっかりこなすのが
当たり前

むしろ
男性にさせてはいけない

という田舎特有の
封建的な家庭に育ちました。

そして小中高と
バスケ部に入っていましたが、

今の時代では考えられないほど
叩かれたり蹴られたり…
という指導を受けていました。

強かったから
誰も疑わなかったんですよね。

先輩たちも
バスケの強豪校に進学して
活躍されていたので、

幸せや自分が欲しいものを
手に入れるためには

歯を食いしばって
努力して生きていかなきゃいけないんだ

と思って生きてきました。

そんな体育会系で
家事なんか一切しなかった私も

高校3年の時に
付き合っていた彼氏に

その場のノリで
お弁当を作ることになったのを
きっかけに

レシピというものを見るように。

その頃は若者が読むような
レシピ本なんてなく、

当時読んでいた雑誌ノンノに
掲載されていたレシピを

必死になってスクラップしていましたw

母親もフルタイムで
働いていたので、

私が遊び半分で作る料理を
すごーく重宝してくれて。

料理をすることで
彼氏や家族に感謝されるのが嬉しくて

料理を『面白いかも〜』と
感じるようになってからは

栄養学に興味を持つようになり、

栄養士の資格が取れる学校に
進学しました。

栄養学を学ぶのは
すごく面白かったんですよね。

関西でも有名なダイエット講座を
されている先生の授業を取っていて、

当時流行っていたテレビ番組
『発掘!あ〇あ〇大辞典』
の裏事情とか教えてもらってたんです。

『〇〇を食べれば痩せる!』

とメディアが発信することが
いかに危険なものかって

研究者としての主張だけでなくて

『食べること』がいかに尊いものなのか

一生忘れられないような
大切なことを教わりました。

卒業後は
福利厚生が良さそう!
という理由で

行政機関で働く栄養士に
なりたかった私ですが、

当時はそもそも
募集自体がなかったんですよね…

食の分野で働きたい!
という思いはあったけど、

親の強いススメもあって
事務職の公務員試験を受けたら…

ラッキーなことに一発合格。

勉強した栄養学は
実生活で活かせばいいじゃん
と言われ、

そのままの流れで
公務員として働く日々が
スタートしました。

ちょうどその頃から
本よりもネットで
レシピ検索するのが

主流になってきて、

お店で食べるような食事も
おうちで作れるのがすごく嬉しくて

レシピ検索しては
どんどんブックマーク登録を
していました。

そして
結婚して、子どもを妊娠してから
ますます食の知識を入れていくことに
熱が入るようになりました。

保健師さんや母親、
インターネットから
たっくさん情報を仕入れていると、

スーパーで
普通に売られている
あれもこれも
実は危険な食べ物じゃん!!

と添加物を
恐ろしいものと捉えるように。

でも、
その食生活に軸はなくて

テレビや雑誌、インターネットで
見聞きする度に
情報に踊らされていました。

結局はその時の自分にとって
都合の良い情報
受け取るような暮らしでしたね。

3歳児神話を信じていた私は
第一子が2歳半になるまで
育休を取得。

当時、子どもには
自然食品のお店で買ったものか
私の手作りしたものしか食べさせない

という必要以上に
気も時間も使った
食生活を送っていました。

比較的時間に余裕のあった育休中は
まだそれでも
暮らしが回っていたのですが、

育休から復帰したあと、

私の生活は
パニック状態になっていきます…。

続きはまた次回記事で!

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