不妊治療を経て、二人の子を授かりました

おはようございます。

yukoです。

 

今日はミニマムな暮らしの記事ではありません。

私の経験談で誰かの背中を押すことができればと思い、記事にすることにしました。

 

 

先日、仲の良い20代半ばの女の子と話す機会がありました。

その子が結婚したのは、ちょうど一年前。

なかなか赤ちゃんを授からなくて悩んでいます。

まだ病院にも行っていないので原因は分かっていないようですが、病院に行くこと自体が勇気のいることのように言っていました。

 

彼女に私の経験したことを話すと、彼女は驚いたのと同時に病院に行くことを決めたようです。

不妊治療を経て、二人の子を授かりました

 

私は24歳で結婚し、第一子を25歳、第二子を29歳で出産しました。

第一子の時は半年、第二子の時は1年間の不妊治療をしました。

第三子のために3年間不妊治療を続けましたが、授かっていません。

昨年、夫の単身赴任で一時中断になり、さらに今年に入って私が新しいことに挑戦しているため、不妊治療はまだ再開していません。

 

 

多嚢胞性卵巣(たのうほうせいらんそう)症候群

 

初めて生理が来たのは小学校卒業間近でした。

初っ端から生理不順でしたね。

半年に1回来るかどうかという不順ぶりでした。

中2の夏〜中3の夏には一度も来なかったことをよく覚えています。

 

私は小4〜高3までバスケットボール部に所属していました。

アスリートは生理不順になりやすいというのを誰かから聞き、私もきっとそうなんだろうと一人で勝手に納得していました。

母親からごくたまに「生理来てる?」なんて聞かれてましたが、「私はアスリートの体だから」と言うと母親も(おそらく)納得していました。

 

バスケ部を引退して一年。

短大生になっても相変わらず生理は来ません。

当時仲のよかった友達とそのような話をした時に、その子も何か不調があったようで一緒に産婦人科を受診することにしました。

 

受診して初めて聞かされた「多嚢胞性卵巣(たのうほうせいらんそう)症候群」。

卵巣にはたくさんの卵細胞があり、平均して月にひとつずつ成熟し、排卵します。卵細胞は卵胞という袋に包まれていて、発育するにつれてこの袋が大きくなっ ていき、およそ2cmくらいの大きさになると破裂して、卵胞の中の液体とともに卵細胞が排卵されます。

多嚢胞性卵巣症候群とは卵胞が卵巣の中にたくさんでき、ある程度の大きさにはなるのですが、排卵がおこりにくくなる病態です。

みむろウィメンズクリニックより引用

 

 

母親に言えなかった

 

生理を周期的におこすように、低用量ピルの服用をはじめました。

親元を離れて一人暮らしをしていましたが、母親には話すことができませんでした。

心配をかけたくなかったのか恥ずかしかったのかよく覚えていません。

毎月一定の薬代が発生しますが、バイトで稼いだお金で通院を続けました。

 

社会人になるのと同時に実家に戻りましたが、地元での産婦人科通いは20歳過ぎの私にとっては苦行そのもの。

誰か知り合いにでも見られたりしたら、なんて思うと全く行く気がしませんでした。

 

そうして通院もせずピルも飲まなくなりました。

しかし、3〜4ヶ月に1回は生理が来るようになっていたので治ったのかな〜なんて呑気なことを考えていました。

 

 

排卵日が分からない

 

結婚したらすぐにでも子どもが欲しかったのですが、生理が3〜4ヶ月に1回しか来ません。

基礎体温をつけようにもバラバラ過ぎて、つける意味があるのかと思う日々。

悩んでいてもしょうがないと、意を決して久々に産婦人科へ行くことに決めました。

 

相変わらずの多嚢胞性卵巣症候群。

私の場合、自然に妊娠することはほぼないと言われました。

そして処方された排卵誘発剤を飲み、タイミング法をスタートさせました。

 

 

治療中はつらい

 

幸い治療を始めてから半年後に第一子を授かりましたが、その半年間は本当にキツかったですね。

不妊治療をしていることは誰にも話していませんでした。

 

病院の待合で知り合いに会って「オメデタ?」と聞かれたり、年配の親戚に「子どもは考えてないの?」なんて言われたり。

病院へ通う労力と時間とお金を費やしているのに何故授からないのだろうと、悲しくて、辛くて、悔しくて。

唯一、両親や夫の両親から何も言われなかったのが有り難かったですね。

24歳で結婚したということもあり、「今のうちに遊んでおきたい」と言ってはぐらかしていました。

 

 

1人目を出産後、生理が来たのは子どもが2歳半の頃。

2人目も欲しかったので、生理が来てすぐにまた治療を再開しました。

確かこの頃に初めて母親に不妊治療の話をしました。

母親は何事もなく私と兄を妊娠・出産したため、「まさかアンタが・・・」と驚かれました。

 

 

そして育休から復帰する頃には、またもや「二人目はまだ?」攻撃。

 

もちろん、そういうことを聞くのは良くないと皆さんもご存知です。

しかし、結婚して一年半後に第一子を出産しているので、私が不妊治療をしているだなんて誰も思っていないようでした。

完全に冗談半分で聞かれていましたね。

まだ“二人目不妊”という言葉が世に浸透していなかった時期かもしれません。

 

 

夫はもちろん治療に協力的でしたが、土日も出張続きの激務っぷりで協力したいのに協力できない状態。

私は仕事に復帰し、完全なワンオペ育児1年目。

あの頃は、夫婦で完全に疲れ切っていました。

 

それでもなんとか治療を始めて1年後、第二子を授かりました。

 

そして、結婚当初からの夫との共通意見の「子どもが3人欲しい」。

治療は辛いけどきっと授かるだろうと、再び不妊治療を始めました。

 

 

まさか夫にも原因が

 

第三子を授かろうと治療を続けましたが、今度は2年経ってもなかなか授かりません。

病院の先生も不思議なようでした。

「一応、旦那さんも検査してみましょうか。」と言われて、初めて夫も病院で検査を受けることにしました。

 

すると、まさかまさかで夫にも原因あり。

今まで私ばかりに原因があるように思い込んでいたので、二人して驚きました。

そして夫はかなり凹んでいました。

その後、薬を飲んで生活習慣を変えるとすぐに正常な状態に戻りました。

 

 

人工授精にも挑戦してみた

 

さて、また頑張るぞ!と言い始めた頃、今度は夫の単身赴任が決定。

このことを先生に話すと、人工授精を提案されました。

そして夫が出発する前に2回挑戦しましたが、残念ながら授かりませんでした。

 

 

現在

 

上にも書いた通り、現在は不妊治療を休んでいます。

期間は決めていませんが、当面の間は休むつもりです。

そして排卵誘発剤を飲まない代わりに、ピルを飲み続けています。

多嚢胞性卵巣症候群とは長い間お付き合いしないといけないようです。

 

そして今でも「3人目は?」とよく聞かれます。

むしろ「2人目は?」の時より、よく聞かれますね。

もう慣れっこになったというのもありますが、親しい女性の場合には不妊治療の話をするようになりました。

やはりほとんどの方が驚かれます。

 

 

まとめ

 

以上、長々と私の不妊治療経験について書きました。

幸運にも2人の子どもを授かっていますが、やはり治療中は辛いです。

仕事も時間給をとって病院へ通い、労力と時間とお金を費やしているのに何故?

と辛くなります。

 

そして私が一番気がかりなことは、小学3年生の娘のことです。

あと何年かしたら生理が始まるのでしょうが、娘はちゃんと生理がくるのだろうかととても心配しています。

多嚢胞性卵巣症候群が遺伝するのかどうかは分かりません。

原因や対策なども分かっていないようです。

娘も私と同じように苦労するかもしれないと考えると、申し訳ないというか何とも言えない思いになります。

 

 

私が言えることはただこれだけです。

不調と感じたら、病院で診てもらいましょう。

自分の体を知ることが大事です。

 

 

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ABOUT ME
yuko
34歳。2児(9歳、5歳)の母。 身軽に生きていくために働き方を変え、この春から在宅ワークを始めました。